Black Peaks

見上げても黒い頂上はいつも見えない

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カタチ




そこにはさまざまなカタチがある。
まあるいカタチ、トゲトゲしいカタチ、いびつなカタチ。
そのそれぞれがあるべき姿としてそこに存在しているのだ。

***

僕は5月2日に誕生日を迎えた。
四十も半ばを過ぎた。
四十半ばついでに言えば、新しい元号というのがニュースになる時代にひとつ前の元号である昭和の四十年代生まれである。
世間的にはもう頭から爪先までどこからどう見てもオッサンだ。
人によっては初老とも言うのかもしれない。

確かに手許のデジカメのEVFモニターが見づらくなった。
遠くを見たあとiPhoneをみるとピントが合うまで数秒かかる。
白髪も増えたし抜いた鼻毛も時折真っ白だ。

こうして年を取ると同じだけ自分の子供も年を重ねる。
嫁さんと付き合っていた頃のことは覚えてはいるけれど、段々と脳内でセピアに色づいていく。
自然と子供が中心となっていく。

それはある意味悲しいことでもある。
結婚した相手が人生の中心ではなくなって、子供がそのポジションを占めてくるのだ。
悲しくなんてない、いいことだろ、と言われる方もあるかもしれない。

けれど僕はやっぱり嫁さんと僕が人生の中心でありたい、とどこかで思っている。
だって幸せにします、と言って嫁さんのお父さんに挨拶に行って結婚を許してもらったのだ。
嫁さんがハッピーで且つ僕もハッピーな人生を送りたいではないか。
むしろハッピーにできなければ僕は嘘をついたことになる。
嘘をついて女性をかっさらってきたことになろう。

でも。
やはり子供も大事なのである。
家族なのである。
しかし『家族』と言うのは徐々に面映さのウェイトが占めてくる言葉でもある。

僕は元来子供好きであった。
「あった」という過去形なのは徐々に自分が子供が好きなのかどうか段々と自信がなくなってきているからである。
水泳のコーチしかり、塾講師しかり、家庭教師しかり。
今まで経験して来たことは根本に子供好きという要素があったからだと思っていた。

けれども自分の子供に水泳を教える時にはどうしても厳しくなってしまい、マスターズ全国二位の僕の後継者はすでに誰もいない。
1号から3号まで、誰も水泳を続けている者はいない。

少しでも速く泳げるように、一つでも泳げる種目を増やせるようにとミッチリ教えた分、ある程度泳げるようにはなったけれど、引き換えに水泳の面白さを伝えることができなかったようである。

その辺りから僕は僕自身に疑問を持ち始めていた。
「俺本当に子供好きなのかな」
「子供好きならもっと水泳の楽しさを伝えられるんじゃね?」
「自然に泳ぎに行きたいと思わせることができなかったって敗北じゃね?」
四十半ばが無理矢理に若者チックな言葉を吐いているのはご容赦頂きたい。
初老もたまには世間に阿ってみたくなる時もあるのだ。

それでも子供は育てなければならない。
…というエラそうな言葉を吐けるほど僕は子育てに関わっていないのかもしれない。
ほとんど嫁さんにおんぶに抱っこである。

それでいてこうなればいいな、ああなればいいなという親のエゴはあるのであるから始末に終えない。


(前略)

でも、その日までは、僕が持っているすべてを伝えてゆきたい。
僕が今まで覚えた英単語。
ギターやベースの演奏。
感動した音楽や映画。
おいしい卵焼きの作り方。
フリー50mで26秒4を出すまでの練習。
ヘビイチゴの見分け方。
僕の家の味。
嫁さんの家の味。

(後略)



所詮ブログなんてこういう時にしか役に立たないのである。
所詮自己満足なのである。
1号のことを検索したら12年も前の若かりし頃の僕の恥ずかしいばかりの文章がモニタに浮かぶのだから。

***

夕食後1号が僕に手紙を渡してくれた。
曰く、誕生日に渡そうと思って書いたがしばらく失くしてしまっていて、探したらあったので遅くなったけれど読んでね、と。



Dear パパ
パパ、誕生日おめでとうございます!
そしていつもありがとうございます!!
いつもは言えない気持ちを今日はこういう形で伝えようと思います!
いろいろあるけどまず、『今まで育ててくれてありがとうございました』
まだ実感はないけれど、15才になるまでこんなに育ててくれて本当に感謝しています!
1号(本文は実名)はもう15才!?って感じだけどパパ達は1号(本文は実名)が覚えてないくらい小さいときから育ててくれているので、1号(本文は実名)以上に早いなーって思っていると思います。
でもまだまだこれからも続くので、3人もいるので大変だと思うけど、よろしくお願いします。

そして次に『いつもそばで見守ってくれてありがとうございます』
テスト前の勉強で分からないことがあったら教えてくれたり、受験のために計画を立ててくれたり、試合があったら応援してくれたりしてくれてありがとうございます。
1号(本文は実名)はパパに支えられていると改めて思います!
なのでこれからも一生懸命がんばるのでよろしくお願いします。
でもたまに怒ってしてしまうことがあるかもしれないけれど、その時もよろしくお願いします笑

最後に『この家族のパパでいてくれてありがとうございます』
パパは1人で仕事をしていて、とても忙しいだろうなと思います。
でも土曜や日曜は子供のために遊びに行ったり出かけたりしてくれて本当に優しいパパだと思います!
これからも一生懸命で心優しいパパでいて下さい!
でもたまにママとすれ違いがあるかもしれないけれど、優しい心でママと仲良くして下さい!

本当に最後になったけれど、1号(本文は実名)はみんなの喜んでいる顔が大好きです!
これからも迷惑ばかりかけると思うけれど、みんなを喜んでいるようにするために、みんなを喜ばせることができるような1号(本文は実名)になれるように、パパも会社名(本文は実名)の社長として、そして○○家(本文は実名)のパパとしてがんばってください!

1号(本文は実名)



土日も仕事で頑張っています!アピールのメッキが剥がれた瞬間である。
やはりどうしても家族に付いて過ごさなければならない時も人生にはあるのである。
僕が顔を真っ赤にして言い訳をしてもやはり嬉しいものである。
親はなくとも子は育つ、と言うがこんな親父の元でよくここまで育ってくれた。

何を大げさな、と言われるかもしれないが実は4月17日から嫁さんと冷戦(冷戦と言うと双方に言いたいことがあってそれが双方に伝わらないまま戦闘状態に入ったようであるが実は僕があることに怒っただけだった)に入り誕生日も含めて10日ほど事務所に泊まり込んでいたのだ。
冷戦終結5月4日。

そういうあれこれも見てきた1号が書いた文章を読んで僕は穴があったら入りたかった。
15才に『優しい心でママと仲良くして下さい』と説教される四十半ばの親父。
普通だったら『こんな家嫌だ』と15才の方が家を飛び出す状況だ。

それもこれも嫁さんが見守ってくれているおかげなのだろう。
親父がいつまでも子供みたいで3人の子供ではなく4人の子供と同じなのかもしれない。
男はいつだって少年の心を忘れないものさ、と壮年を過ぎてしまった親父が言っても最早なんの説得力もないのである。

英単語は受験勉強で頑張って覚えているようだし、ギターやベース、そもそもヘヴィメタルにはあんまり興味ないようだし、感動した音楽や映画は僕とは時代が違うので合わないし、おいしい卵焼きの作り方は僕よりはるかに美味いレシピで作るし、フリー50mで26秒4を出すまでの練習は水泳でベストタイムを出すような練習より仲の良い子とまったりプールで遊ぶ方が好きだし、ヘビイチゴの見分け方なんてヘビイチゴ自体が??のようだし、僕の家の味や嫁さんの家の味というよりも料理はすでに任せて安心レベルだし。

上で引用したブログの半分は当てはまって半分は当てはまっていないのだ。

***

色々な家族のカタチがあるように、人の人生はそれぞれだ。
子供とはいえ親の希望通りになんて決してハマらないし、それはそれでいいのだ。

願わくは1号の喜びは自分自身のためにも向けてほしい。
長女らしく周りに気を使うタイプであるだけに自分の気持ちを押しとどめていることがあるのではないかな、と思うこともあるからだ。

あとは、とーちゃん、やっぱりがんばる。
考えすぎることもあるけれど、シンプルにがんばろうと思えた。

そして。
もうあれやこれやと僕が子供たちの手を引いて前を行く時代は過ぎたのだと思う。
これからは本人がきちんと考えて行動することを陰ながら応援するのが良いのだろう。

先頭に立ってワーワー言えない寂しさはあるけれど、それで君たちが成長の道を歩んで行くのならば歯を食いしばって後ろから応援するよ。

そして。
ほんとうにありがとう。

***

もう長文なんて書けないと思っていたけれど、久しぶりに書いてみましたよ、と。
長文お付き合いありがとうございました。


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